
Art & Culture ・ 19 AUG 2026
真珠が消えた海の底に、バーレーンが掘り起こすもの
What Bahrain Is Bringing Back From the Sea Where Its Pearls Once Were
石油より前、この国を支えていたのは真珠だった。その記憶は、いまも海の底に眠っている。
石油より前、この国を支えていたのは真珠だった

息を止めて海に潜り、貝を採り、真珠を選り分ける。危険と隣り合わせのこの仕事が、何世代も続いてきた。真珠を積んだダウ船が行き来し、真珠商人の邸宅が立ち並び、潜水夫たちの暮らしがこの国の日常をかたちづくっていた。
真珠は、キラキラしたアクセサリーである前に、誰かの命がけの労働であり、家族の暮らしそのものだった。
その記憶は、すでに陸では守られている
実はバーレーンは、この真珠の歴史をすでに一度、かたちにして残している。2012年、「真珠採取:島嶼経済の証」としてユネスコ世界遺産に登録されたのだ。北部に残る牡蠣礁、ムハラク島南端のブ・マヒル要塞、そして真珠商人や潜水夫たちが暮らした邸宅など17棟の建物。3.5キロの歩道でつながるこのエリアは、いまも見て歩ける場所として整備されている。つまり、真珠の記憶は「陸」ではすでに大切に保存されてきた。
でも、海の底はまだ手つかずのままだった
一方で、真珠を運んだ船や、潜水に使われた道具そのものは、話が別だ。時代が石油に切り替わり真珠採取が下火になるなかで、そのいくつかは使われなくなり、そのまま海に沈んでいった。陸の建物は世界遺産として守られても、海に沈んだ記憶は、長いあいだ誰にも掘り起こされることなく眠り続けてきた。
バーレーン文化遺産庁(BACA)が、日本の帝京大学文化財研究所と手を組んだ。バーレーンの海に沈んだ船や遺跡を、一緒に探して、記録して、研究するためだ。陸で始まった真珠の記憶の保存が、いよいよ海へと広がろうとしている。
ただ沈没船を見つけたいわけじゃない
BACA会長のシェイク・ハリーファ・ビン・アハメド・ビン・アブドゥッラー・アール・ハリーファ氏は、この調査を「考古学的調査と記録に、新たな地平を開くもの」と説明する。目的は、単に遺物を引き上げることではない。
バーレーン人と海との深い結びつきそのものを掘り起こし、海洋文化を探るための土台にすること。そして、バーレーン自身の調査手法を鍛えることも狙いのひとつだという。
この調査は、一度きりでは終わらない予定だ。今後は定期的な調査プログラムを続け、見つかった場所は後世のために保護し、データも共有していく。地元の人材を育てる共同研修プログラムも計画されているという。発見した遺物をどう展示・活用するかは、今のところ具体的には語られていない。まずは「見つけて、守る」ことが最初の一歩ということなのだろう。
それでも、真珠の文化は途切れなかった
海の底に沈んだ記憶がある一方で、天然真珠の文化はいまもバーレーンで生きている。1850年から続く家族ブランド「MATTAR」は、いまも天然真珠だけを扱い、地元の潜水士とともに真珠を採り続けている。
「DANAT」という公的機関が、その一粒一粒が本物であることを証明する。
世界遺産として陸の記憶を残し、ブランドとして今の暮らしに真珠をつなぎ、そしてこれから、海の底の記憶にも手を伸ばそうとしている。産業としては下火になっても、記憶としては、この国のどこにも途切れていなかったのだ。
真珠は、誰の記憶なのか
石油後の未来を考えるとき、バーレーンが見ているのは最新技術だけではないようだ。陸の邸宅を世界遺産として守り、いまの真珠文化をブランドとして受け継ぎ、そして海の底に沈んだ記憶までも、もう一度大切な資産として掘り起こそうとしている。真珠をめぐる記憶は、陸と海、過去と現在をまたいで、少しずつつながり直されているところなのかもしれない。
真珠は、宝石である前に、海に潜った誰かの記憶だった。その記憶に、いま誰が、どう向き合おうとしているのだろうか。
(出典:Daily Tribune「Hunt for Underwater Heritage」2026年8月3日付/Gulf Daily News「Bahrain set to explore its marine heritage」2026年8月4日付/Al Bilad Press「هيئة البحرين للثقافة والآثار...」2026年掲載。バーレーン・パーリング・トレイルのユネスコ世界遺産登録(2012年6月30日)については、UNESCO World Heritage Centre公式サイトの記載による。MATTAR・DANATの情報は各公式サイト(mattarjewelers.com/danat.bh)による。)
