Hotels ・ 12 JUN 2026
アル・ウラの静寂
The Silence of AlUla
サウジアラビア、アル・ウラの渓谷に佇む隠れ家的ホテルを訪ねて。
サウジアラビア北西部、アル・ウラ。首都リヤドから飛行機で二時間弱のこの土地は、二千年前にナバテア人が岩を穿って墓を刻んだ土地として知られる。日が沈むと、谷全体が橙から藍へと色を変え、砂岩の壁が巨大な屏風のように立ち上がる。
宿泊した施設は、意図的に「見えない」ように設計されていた。客室は岩肌に沿って点在し、正面からは建物の輪郭すらほとんど分からない。設計者に話を聞くと、「風景に対して謙虚であることが、このプロジェクトで唯一の贅沢だった」と語ってくれた。
客室に足を踏み入れると、装飾らしい装飾がほとんどないことに気づく。木、麻、素焼きの陶器。色は土地の色そのままで、部屋の主役は窓の外に広がる谷だけだ。これは日本の「引き算の美学」に通じるものがある。足すのではなく、削ることで生まれる豊かさ。
夕食は屋外のテーブルで、松明の灯りのみを頼りに供された。地元の羊肉と炭火で焼いたナツメヤシ、そして極めて薄く伸ばされたアラブパン。皿数は少ないが、一皿ごとの密度が高い。過剰なもてなしではなく、必要なものだけを、しかるべき所作で出す。そこに静かな緊張感があった。
帰り際、支配人が「ここでの一番の贅沢は、携帯の電波が入らないことです」と笑った。中東の高級ホテルというと過剰な装飾を想像しがちだが、いま最先端にあるのは、むしろ「何もないこと」を設計する潔さなのかもしれない。